香水と革の歴史や関係性と雑談
数年前、
「革と香水は密接な関係がある」
と聞いたことがあります。
香水の聖地グラースは元々タンナー産業が盛んな地域だったことは有名ですが、最近急にこの言葉を思い出し、少し調べた内容を以下にまとめました。
革と香水の起源…
グラースにおけるフレグランスの歴史は、元は12世紀にスペインやジェノヴァから輸入された毛皮を用いた高級レザーグッズの生産から始まりました。この産業は大変潤っていたものの、特有の臭いを発する革を生産していたため上等なグローブやハンドバッグにはふさわしくありませんでした。
キャサリン・ド・メディシス女王は、グラース製のレザーグッズを愛用していましたが、その特有の臭いに難色を示していました。そこでタンナーは香りの良いレザーグローブを開発提供し、その芳醇な香りで女王を魅了。この香り付けにより大変人気のある製品と産業を創り出しました。
その昔ヨーロッパは異臭が漂う大変不衛生な環境でした。下水道や洗われていない体などの臭いの中で、ハンカチやグローブに纏った香りは周囲や空間に香りを漂わせるために欠かせないアイテムのようでした。
マリー・ド・メディシス女王も香りの良いグローブを愛用し、彼女のパフューマーであるトンバレリはフレグランスの技術を学ぶためにグラースに派遣されるなど、徐々に香りの分野で評価が高くなり聖地化していったようです。
17世紀にはグラースの皮革産業は大いに成功しましたが、高い税金と競争のために利益が減少し、高級フレグランスへの移行を余儀なくされました。
皆様、革そのものはどんな香りを想像されますか?鞣す技術が開発された当初、革には死体や排泄物の臭い、鞣す材料の臭いが付いており美しい香りとは程遠いものだったようです。
この問題に対し、フランスは上質な香料で解決。
また例えばロシアでは、芳香性のあるバーチオイル(白樺の香木樹皮)でこの問題を解決しました。
革は耐久性があり頑丈であるため、貴重なものを保護するためにも必要不可欠なアイテムでしたが、唯一のデメリットである臭いを様々な趣向を凝らし高級品、嗜好品、贅沢品へと昇華させたようです。
特にロシア製の革は強くスモーキーな香りが特徴的だったようです。ロシアはシベリアのバーチオイルで革を硬化させる独自のレシピを長年持っており、虫も寄せ付けない頑丈な革を生産していました。
更に技術は向上し、防水のために内側にバーチオイルを塗布したところ、革の香りに加えシベリア白樺の甘さがほんのりと感じられ非常に豊かな香りになったとのことです。
これはロシア製の本を貯蔵するヨーロッパの図書館利用者にとっては馴染み深い香りだったらしく、18世紀後半から19世紀前半にかけて西ヨーロッパでは本を装丁するための素材としてロシア製の革が高く評価され、その革から発せられる香りは古書の象徴そのものだったようです。同じ時期には家具や高級な馬車、その他の貴族の所有物にもロシア製の革が用いられていたようで、非常に高貴な革だったことがうかがえます。
このロシア製の革は、いつしか生産とレシピが消失。(調べましたが原因や過程は不明)
ただ、麻と革を積んでサンクトペテルブルクからジェノヴァへ向かう途中イングランドの南岸プリマス湾沖で沈没した
ディー・フラウ・メッタ・カタリーナ・フォン・フレンスブルク号(通称メッタ・カタリーナ号)
の中から、200年の時を経て再発見されました。
1786年に沈んだこの船から200年前の革の束が引き上げられ、表面は破損していましたが内側には泥に覆われて保護された美しく香り高いトナカイの革が存在しました。ロシアの鞣し職人の技術の証とも言えるこの革は、以降高級な革製品の制作に使用されています。
メッタ・カタリーナ号…
1786…
プリマス湾…
そうです。これ、ロシアンカーフのことです。
まさか香水のことを調べて、ロシアンカーフの情報が出てくるとは思ってもみませんでした。
Russian Leather
Russian Reindeer
色々名称がありますが、日本ではロシアンカーフと呼ばれています。これはロシアの極寒地で育ったトナカイ革です。
”メッタ・カタリーナ号が沈没してから約200年後の1973年、ブリティッシュ・サブ・アクア・クラブのプリマス湾支部に所属する考古学チームが、船で使われる号鐘を偶然発見した。
号鐘には、船名や船種、建造年を示す“Die Frau MettaCatharina de Flensburg Brigantine Anno 1782”という銘が刻まれていた。沈没船はコーンウォール側のプリマス湾に沈んでいたため、その所有権はコーンウォール公領にあった。
幸運なことに、コーンウォール公爵であるチャールズ皇太子殿下(※1)がブリティッシュ・サブ・アクア・クラブの総裁(※2)も務めていたことから、号鐘は同クラブに譲られた。殿下はさらに、考古学チームに海底の賃借権を与え、沈没船の詳しい調査を後押しした。”
※1 現チャールズ国王
※2 現在の総裁はウィリアム皇太子(Prince of Wales)
引用元:THE RAKE https://therakejapan.com/issue_contents/skin-deep/
あらゆる革の中でも世界一希少であり、ドラマティックでミステリアスな存在であるロシアンカーフ。
沈没したメッタ・カタリーナ号から引き上げ、腐敗していないロシアンカーフを選定復活させた後、ビスポークシューメイカーであった故ジョージ・クレヴァリーの元に数枚引き渡されました。
200年の時を経て復活したロシアンカーフの記念すべき1足目のビスポークシューズ献上のオーナーは、チャールズ国王!流石世界一オシャレな紳士!
さてさて、私自身ロシアンカーフのビスポークは何足か拝ませていただいたことがあります。
肝心の香りですが…
独特な香り。革っていうか磯?潮?海?の香りでした。200年海底に沈んでたんだから、まあそりゃそうですね。
個体によって香りが全くしないものもありましたが、しっかりと残っている個体もありました。いずれもビスポークです。
確か現在もロシアンカーフのレシピは完全に消失したままだったと思います。
バーチオイルっていうのがどんな香りか想像できませんが、革から甘く渋い香りが漂うというのは、なんだかロマンを感じます。
もしロシアンカーフの実物を見てみたいという方は、どこかのエルメスブティックにアーカイヴとしてロシアンカーフ製オータクロアが貯蔵されているらしいので、ご参考までに。